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日記

耳栓

CRESCENDO 耳栓 ライブ用 イヤープロテクター Music

CRESCENDO 耳栓 ライブ用 イヤープロテクター Music

 

数年前に購入した音楽用の耳栓。しばらく前に失くして以来、そのままにしていた。近頃必要になりそうな用事ができたので、ふと思い出して買い直した。

初めて耳に挿したとき、これは果たして本当に遮音できているのだろうかと疑ってしまうが、大音量に曝される場所に行くと、耳に負荷のかかる帯域の音がたしかにカットオフされているのがわかる。日常に現れる不快な音、例えば電車の走行音とか、カフェのエスプレッソマシンの音なども遠く聴こえるようになる。便利な代物である。

それにしても、以前は気にならなかったこれらの音が、近頃はいちいち耳に障るようになった。バンドを引退したのでましになるかと思っていたが、酷くなる一方だ。管楽器奏者の端くれとしては、このような状態だと演奏にも多少の影響があるように思えてよろしくない。そもそも管楽器の音が苦手なのかもしれない。

パターソン

http://paterson-movie.com/

www.youtube.com

ストーリーの内容を含みます

 

方方で良い評判を聞いたので、上映終了日の間際に滑り込むように観に行きました。

二人がベッドで目を覚ますシーン。向かい合ったり、背を向けたり、抱いていたり。毎朝の瞬間が息を飲むほど美しくて、羨ましい。

ところが、妻ローラの日中の姿への拒否感が、私には最後まで拭えませんでした。彼女のwanna beな振る舞いやエキセントリックなデザインの嗜好が、どうしても受け付けない。不思議な料理、怪しいギターの購入といった妻の行動に対して、パターソンの浮かべる複雑な表情も、夫婦を裂いてしまうような出来事の予兆のように感じられ、終始はらはらしながら観ました。

それでもドラマは幾つかの事件を経ながらもつつがなく進行します。この映画において、何かを愛するという行為は、決して損なわれることがない。それがパターソンという人であり、パターソンという街です。すれ違いを暗示する場面が幾度とあっても、二人をつなぐものは脅かされず美しいまま。失恋の折に暴走した男も、諌められこそすれ疎外はされないし、恋慕の気持ちが男の中からも失われてしまうことはありません。カントリー歌手を目指すにしては少しお粗末なギター演奏にも、優しい目が向けられます。カップケーキもたくさん売れる。そして、ノートが不幸な事故によって破かれてしまっても、詩は再び書き綴られます。

そういった意味で、ローラの振る舞いに感じた「ずれ」のようなものは、半ば意図して描かれていたのでしょう。愛は、質や評価といった事項とはまるで関係なくもたらされるものです。パターソンの詩も、他人からの評価という形で曝されることはありません。同じく詩を書くことを日常としている少女や日本人の男性にすら、パターソンは自分の詩を披露しません。おそらく、ローラに自分の詩を読み聞かせるシーンも劇中には無いのですが、ローラはパターソンの詩が素晴らしいことを知っています。評価という概念の無い、生の声で、ただ素晴らしいと言うのです。映画の隅々まで徹底されたその純粋さが、パターソンの町並みを詩的に映し出します。

ここまで書いてようやく、この映画に対する整理がつきました。もう一度、今度はもっと純粋な眼で観たくなるような、そんな映画でした。

月曜日

授業のため、7時ごろに起きた。寒い日だった。水筒にあたたかいコーヒーをいれて持ち運ぶ季節になった。

研究室で仕事をした。一日中眠くていらいらしていたので、塾講がうまくいかないだろうと危惧していたが、むしろいつもより自然に振る舞えた。多少奮発して食べた昼ご飯がよかったのかもしれない。海鮮丼。

 

10月15日

13時過ぎに起きた。

毎週の習慣となっているバンドの練習でした。天気は雨。駅から徒歩で向かっていたところ、クラクションを鳴らされました。それが端に寄せようとして邪魔な私を追い出すものではなく、馴染み顔のバンドの一員が私を呼ぶものだと気づくのに、逃げようと駆け足で走りだしたあとで気づきました。結局無事に拾われ、練習場所に向かいます。

音楽に求めるべきものは何かというのを、またぐるぐると考えていました。昔の私の出した結論は、かっこよさであったり、無機質さであったり、緊張であったり、癒しであったりしましたが、今日の私は、音楽はさしづめ偏執的であることが大切であろうと合点しました。

10月5日

私にとっての就職活動なるものが突然始まった。衣服も何も準備していなかった。実際に動き回るのは来月あたりだろうから、などと暢気に考えていたが、どうやら写真を撮るのにも要るようで、慌てて買いに行った。

気合の入った買い方をせず、スーツやらネクタイやら鞄やら、とりたてて必要でありそうなものを一日で揃えた。全て無難な品である。あとは髪だけ、これも無難に切れば良い。