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aj

日記

金曜日

楽器を練習しても捗らなかった。研究室に行くと頭痛と手の震えが始まったので、見に行く予定だったライブを諦めて帰る。そういえば、欠かさず飲んでいたサプリメントをここ1週間飲んでいない。効果は気のせいだと思っていたけれど、やはり今まで効いていたのだろうか。錠剤が臭いのであまり気がすすまなかったのだが、一錠取り出して、飲む。大粒が喉に引っかかって気持ち悪い。

すぐ頭痛がするのは運動不足だからだろう。もう随分前にAmazonから届いた、ジャージの入った箱を開封するところから始めよう。

 

論文の提出期限が迫っている。

月曜日

出かけるつもりでしたが、出る必要のなかったことに気づいて、ずっと家にいました。月曜日は予定が無いので常に3連休です。

線形代数と格闘していましたが、成果はありませんでした。

ニンテンドーDSを発掘したので、ここ最近は大戦略で遊んでいます。睡眠時間が減りがちです。論文の期限が迫っているのでよろしくない。

明日か明後日くらいにMark Turnerを見にいった日記を書きます。

Carsten Nicholai : Parallax

2017.03.18. Sat. – 05.14. Sun. カールステン・ニコライ:Parallax パララックス | 市原湖畔美術館/ICHIHARA LAKESIDE MUSEUM

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数日前ですが、行きました。

最寄の小湊鉄道高滝駅。とても辺鄙なところにあります

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外観

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数年前に改装したそうです。右下はピザ屋です。いいお値段しますが、おいしい。古い揚水機に併設された展望台があり、周辺を一望できます。

 

フラッシュを焚かなければ写真OKだったので、中も多少撮りました。

最初の部屋(unidisplay)

f:id:ajalab:20170424020853j:image

 12編の映像と音声。錯覚や時間をテーマにしたものです。錯覚といっても、動く線や変化するグラデーションなど、やはりそれがディスプレイ上に映し出されるということに着目して作られているようです。写真は映像が切り替わる途中の画面です。今回のものは全てモノクロでした。(例えば、池田亮司のそれのような)強烈な点滅による表現などはほとんどなく、じっくり観ることができます。

 

ピントが合わない部屋

f:id:ajalab:20170424022023j:image

 

写真はありませんが、雲の写真を飾った空間があります。デジタルな作品か多いという先入観があったので意外でした。

 

カーテンで円形に区切られたスペースの縁にスピーカーが置いてあります。中央にガイガーカウンターがあり、計測された放射線量を音に変換しているそうです。コンセプトは謎ですが、360スピーカーに囲まれて音を聴くのはなかなか良い体験です。

f:id:ajalab:20170424022243j:image

 

外(展示ではない)

f:id:ajalab:20170424023433j:image

 

大した感想も考察も書くことができませんが、音響系ノイズ、コンクリのひんやりした空間がよかったです。

 

Alva Noto名義のアルバムはツタヤで借りたXerrox Vol. 3しか持っていませんが、借りた当時はあまりピンと来なかったので一回聴いたきりでした。今度ちゃんと聴こう。

Xerrox Vol 3

Xerrox Vol 3

 

 あと坂本龍一との共作が何枚かあります(映画レヴェナントの音楽もそうですね)。Summvsがとても好きです。ピアノとノイズを扱った作品の傑作の一つだと思います。

Alva Noto & Ryuichi Sakamoto — Halo - YouTube

 

書く

気づいたら10日ぶりになってしまいました。

あるものに対する、愛、こだわり、批判などを、言葉にあらわしてスラスラと並べられる人がたくさんいて、羨ましいのですが、それは当たり前のことであるようです。何でもかんでも言語化するのはよろしくない、というのがここ最近の私の矜持でしたが、その考えはどうやら改めなくてはなりません。ものを取り扱うためには、それと自分の関係がどのようであるかを、言葉であらわして明らかにする必要があります。言語化は捨象の要素を含むからといって、それを疎かにするのは、私の怠慢です。

日記もその一環です。頭の中でぐるぐる回りながらエネルギーを食いつぶしているモヤのようなものを汲み取り、言葉を割り当ててやり、その意味の無さを確認して、捨てます。

Markdownで数式つきPDFを作る

Pandocを使うやつです。なるべく最低限で済むように書いた。

PDFに変換したい*.mdファイルを用意して、同じディレクトリに次のMakefileを置く。

MD = $(wildcard *.md)
TEX = $(MD:%.md=%.tex)
PDF = $(MD:%.md=%.pdf)

.SECONDARY: $(TEX)

all: $(PDF)

%.tex: %.md
	pandoc -o $@ -f markdown_github+raw_tex+pandoc_title_block -V documentclass=ujarticle -V geometry:margin=1in -s --listings $<

%.dvi: %.tex
	uplatex -kanji=utf8 -file-line-error -halt-on-error -interaction=nonstopmode $<

%.pdf: %.dvi
	dvipdfmx $<

.PHONY: clean
clean:
	rm -f *.aux *.log *.out *.dvi $(TEX) $(PDF)

例 (report.md)

% タイトル
% 名前
% 2017/1/1

# 課題1

\begin{align*}
\sin(x) \\
\cos(x)
\end{align*}

```c
int main(int argc);
```

# 課題2

# 課題3

makeした結果(report.pdf)
f:id:ajalab:20170417195939p:plain

研究、桜など

日記を書きます。

Coverage(Spectrum)-BasedなFault Localizationは、qsortのようなループや再帰を含むプログラムに対しては役に立たないような気がしていて、検証するためのプログラムを書き始めました。正しいqsortのプログラムに対して、バグを含むバージョンは演算子のミューテーションによって生成します。案の定、テストケースに対してスペクトラムの ばらつきが少ない。それにしても、この分野に触れて半年ぐらいですが、小さなデータセットに対してヒューリスティクスで精度を上げるだけの研究が多く、辟易しています。

少し前までいたサークルに、用事があって久しぶりに顔を出しました。しばらく発声していなかったのと、寝不足気味だったので、後輩と喋ろうとしても辿々しくなってしまいます。

夜は六義園に桜を見に行きました。目玉の枝垂れ桜はやや花が散り気味でしたが、大きくてバランスがよく、人が押し寄せて見に来るのも頷けます。人がとにかく多く、興が削がれてしまいました。景色や空間を楽しもうとするときは、それが非日常的であってほしいものです。人が多いのは論外です。それと、ただでさえ桜や庭園の構図が良いので、照明が当たっていると人工物のような印象を強く受けます。ガシャガシャと写真を撮る集団に紛れて、僕も写真を撮りました。

夕飯は外食しました。帰宅した途端に腹を下した。

年末

ぼうっとしていたらあっという間に12月です。

環境は昨年と大きく変わったものの、楽器を続ける生活は今まで通りでした。ただ日常のスピードは去年よりもずっと速くなって、週3回のリハーサル、2回のアルバイト、そして月4, 5回の本番の繰り返し。最初こそ忙しさに目が回りましたが、それもあたりまえになり、いつの間にか気にならなくなりました。

所属するサークルが変わったため自分の立ち位置も変わり、全体に目を向ける必要がなくなったので、自身の演奏に集中することができるようになりました。去年からの傾向ではありますが、奏法に対して、視線がよりプリミティブなものに向くようになった気がします。管楽器演奏におけるリリシズムや強弱、音色といった概念を、その身体的な要因である発音や息、姿勢、力などに分解して練習します。例えば舌をつく際の息の溜まり具合や面積、喉や肺の形、息の速さや流量の変化など。ハーモニーや音のシーケンスに対しても、相対度数やピッチに着目し、基本的なアルペジオロングトーンなどに立ち返りました。ところで、良い音楽とは何かをひたすら考えていく過程で、音楽に対する信仰のようなものが減ってしまったように感じます。好きなものはたいして増えなかった分先鋭化されて、嫌いなものに敏感になった。しかし、どうして楽器を続けているんだろうという苦悩が、気がついたら消えています。どこかで受容がありました。身に合わないことをやっているのでしばしば辛さを感じますが、期待せず、技術の向上のためと割りきっています。

言葉をつかうのが本当に苦手で、今年もほとんど喋らず、書かずの生活でした。ものを言って頭の中身を排出することの大切さをひしひしと感じます。考えは外に出さないと滞留してしまうし、他に何も頭に入らなくなります。おかげで一度に一年分を書くはめになり、文章に一貫性を埋め込むこともできず、トピックの一つ一つが頭の中で摩耗してしまっているので、大したことも書けません。喋る内容も悪口の割合が増えました。数年前の自分からしたら信じられないぐらいです。謙虚さが必要です。つかう言葉に気をつけつつ、来年はもう少し書く量と頻度を増やせたらいいなと思います。もっと話せるようにもなりたい。それにしても、中身がないので難しい。

今年のベスト

新譜

  • Into The Silence / Avishai Cohen
  • Sunday Night at the Vanguard / Fred Hersch
  • Rising Grace / Wolfgang Muthpiel

旧譜