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日記

月曜日

授業のため、7時ごろに起きた。寒い日だった。水筒にあたたかいコーヒーをいれて持ち運ぶ季節になった。

研究室で仕事をした。一日中眠くていらいらしていたので、塾講がうまくいかないだろうと危惧していたが、むしろいつもより自然に振る舞えた。多少奮発して食べた昼ご飯がよかったのかもしれない。海鮮丼。

 

10月15日

13時過ぎに起きた。

毎週の習慣となっているバンドの練習でした。天気は雨。駅から徒歩で向かっていたところ、クラクションを鳴らされました。それが端に寄せようとして邪魔な私を追い出すものではなく、馴染み顔のバンドの一員が私を呼ぶものだと気づくのに、逃げようと駆け足で走りだしたあとで気づきました。結局無事に拾われ、練習場所に向かいます。

音楽に求めるべきものは何かというのを、またぐるぐると考えていました。昔の私の出した結論は、かっこよさであったり、無機質さであったり、緊張であったり、癒しであったりしましたが、今日の私は、音楽はさしづめ偏執的であることが大切であろうと合点しました。

10月5日

私にとっての就職活動なるものが突然始まった。衣服も何も準備していなかった。実際に動き回るのは来月あたりだろうから、などと暢気に考えていたが、どうやら写真を撮るのにも要るようで、慌てて買いに行った。

気合の入った買い方をせず、スーツやらネクタイやら鞄やら、とりたてて必要でありそうなものを一日で揃えた。全て無難な品である。あとは髪だけ、これも無難に切れば良い。

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自分と同じぐらいの年齢の家を見に行った。最後に来たのは10年以上前だと思う。今住んでいるところから大分離れたところにあるその家は、親の転勤さえなければ、本来暮らしているはずの家だった。もう住むこともないので、両親はいよいよこれを売りに出すことに決めた。最後の内覧に同行することになった。

中に入る。ハウスクリーニング済というカードが見える。少しツンと臭う。貸していた前の家主が、ここでネコを飼っていたそうだ。見ると、あちらこちらに引っ掻いたような、木のめくれたあとがある。

一つ一つの部屋が、どうにも小さいように感じた。いや、十分に広い、大きな家のはずなのだ。しかし10年前に訪れた体格の小さい私からすると、かつてのこの5LDKの家は非常に広く感じられたものだった。その上、この家はたびたび夢に現れることで、その想像上の広さを一層拡張していたのだ。

外に出る。庭に植わっていたはずの芝生はほとんどなくなっており、代わりに雑草がみすぼらしく生えていた。出るときになって、柵についている扉が片方消えていることに気づいた。ちょうつがいは千切れたようになっていた。外れた扉は庭の端に立てかけられていた。

屋根の下にあったツバメの巣が無い。父親が言うには、前の家主が退去したのちに一人で見に行ったとき、2階の部屋でツバメが死んでいたらしい。部屋に迷いこんだ際に通ったのであろう通気口は、既に塞いであった。