aj

日記

書く

気づいたら10日ぶりになってしまいました。

あるものに対する、愛、こだわり、批判などを、言葉にあらわしてスラスラと並べられる人がたくさんいて、羨ましいのですが、それは当たり前のことであるようです。何でもかんでも言語化するのはよろしくない、というのがここ最近の私の矜持でしたが、その考えはどうやら改めなくてはなりません。ものを取り扱うためには、それと自分の関係がどのようであるかを、言葉であらわして明らかにする必要があります。言語化は捨象の要素を含むからといって、それを疎かにするのは、私の怠慢です。

日記もその一環です。頭の中でぐるぐる回りながらエネルギーを食いつぶしているモヤのようなものを汲み取り、言葉を割り当ててやり、その意味の無さを確認して、捨てます。

Markdownで数式つきPDFを作る

Pandocを使うやつです。なるべく最低限で済むように書いた。

PDFに変換したい*.mdファイルを用意して、同じディレクトリに次のMakefileを置く。

MD = $(wildcard *.md)
TEX = $(MD:%.md=%.tex)
PDF = $(MD:%.md=%.pdf)

.SECONDARY: $(TEX)

all: $(PDF)

%.tex: %.md
	pandoc -o $@ -f markdown_github+raw_tex+pandoc_title_block -V documentclass=ujarticle -V geometry:margin=1in -s --listings $<

%.dvi: %.tex
	uplatex -kanji=utf8 -file-line-error -halt-on-error -interaction=nonstopmode $<

%.pdf: %.dvi
	dvipdfmx $<

.PHONY: clean
clean:
	rm -f *.aux *.log *.out *.dvi $(TEX) $(PDF)

例 (report.md)

% タイトル
% 名前
% 2017/1/1

# 課題1

\begin{align*}
\sin(x) \\
\cos(x)
\end{align*}

```c
int main(int argc);
```

# 課題2

# 課題3

makeした結果(report.pdf)
f:id:ajalab:20170417195939p:plain

研究、桜など

日記を書きます。

Coverage(Spectrum)-BasedなFault Localizationは、qsortのようなループや再帰を含むプログラムに対しては役に立たないような気がしていて、検証するためのプログラムを書き始めました。正しいqsortのプログラムに対して、バグを含むバージョンは演算子のミューテーションによって生成します。案の定、テストケースに対してスペクトラムの ばらつきが少ない。それにしても、この分野に触れて半年ぐらいですが、小さなデータセットに対してヒューリスティクスで精度を上げるだけの研究が多く、辟易しています。

少し前までいたサークルに、用事があって久しぶりに顔を出しました。しばらく発声していなかったのと、寝不足気味だったので、後輩と喋ろうとしても辿々しくなってしまいます。

夜は六義園に桜を見に行きました。目玉の枝垂れ桜はやや花が散り気味でしたが、大きくてバランスがよく、人が押し寄せて見に来るのも頷けます。人がとにかく多く、興が削がれてしまいました。景色や空間を楽しもうとするときは、それが非日常的であってほしいものです。人が多いのは論外です。それと、ただでさえ桜や庭園の構図が良いので、照明が当たっていると人工物のような印象を強く受けます。ガシャガシャと写真を撮る集団に紛れて、僕も写真を撮りました。

夕飯は外食しました。帰宅した途端に腹を下した。

年末

ぼうっとしていたらあっという間に12月です。

環境は昨年と大きく変わったものの、楽器を続ける生活は今まで通りでした。ただ日常のスピードは去年よりもずっと速くなって、週3回のリハーサル、2回のアルバイト、そして月4, 5回の本番の繰り返し。最初こそ忙しさに目が回りましたが、それもあたりまえになり、いつの間にか気にならなくなりました。

所属するサークルが変わったため自分の立ち位置も変わり、全体に目を向ける必要がなくなったので、自身の演奏に集中することができるようになりました。去年からの傾向ではありますが、奏法に対して、視線がよりプリミティブなものに向くようになった気がします。管楽器演奏におけるリリシズムや強弱、音色といった概念を、その身体的な要因である発音や息、姿勢、力などに分解して練習します。例えば舌をつく際の息の溜まり具合や面積、喉や肺の形、息の速さや流量の変化など。ハーモニーや音のシーケンスに対しても、相対度数やピッチに着目し、基本的なアルペジオロングトーンなどに立ち返りました。ところで、良い音楽とは何かをひたすら考えていく過程で、音楽に対する信仰のようなものが減ってしまったように感じます。好きなものはたいして増えなかった分先鋭化されて、嫌いなものに敏感になった。しかし、どうして楽器を続けているんだろうという苦悩が、気がついたら消えています。どこかで受容がありました。身に合わないことをやっているのでしばしば辛さを感じますが、期待せず、技術の向上のためと割りきっています。

言葉をつかうのが本当に苦手で、今年もほとんど喋らず、書かずの生活でした。ものを言って頭の中身を排出することの大切さをひしひしと感じます。考えは外に出さないと滞留してしまうし、他に何も頭に入らなくなります。おかげで一度に一年分を書くはめになり、文章に一貫性を埋め込むこともできず、トピックの一つ一つが頭の中で摩耗してしまっているので、大したことも書けません。喋る内容も悪口の割合が増えました。数年前の自分からしたら信じられないぐらいです。謙虚さが必要です。つかう言葉に気をつけつつ、来年はもう少し書く量と頻度を増やせたらいいなと思います。もっと話せるようにもなりたい。それにしても、中身がないので難しい。

今年のベスト

新譜

  • Into The Silence / Avishai Cohen
  • Sunday Night at the Vanguard / Fred Hersch
  • Rising Grace / Wolfgang Muthpiel

旧譜

Ryoji Ikeda × Merzbow @WWW X

www-shibuya.jp
観ました

f:id:ajalab:20161030021041j:plain

今年の9月にオープンしたWWW X(2号店)。来たのは今月のFloating Points公演以来で、そのときは最後の曲のサウンドトラブルでノイズが走って萎えましたが、今回は内容的に心配しなくても良さそうですね。

先攻はMerzbow。黒いTシャツを着て現れ、照明がまだ落ちない状態から突然スタート。いきなり爆音。機材は恐らくいつも通りで、たくさんの発振器?やエフェクタ類+コイルを張ったギターのようなものを金属の表面をもった板でかき鳴らすスタイル。45分間、微妙に音を変化させながら空間が即興的に埋め尽くされる。ハーシュなノイズといっても、轟音は低音で支えた上で本当に耳にキツい帯域の音は比較的控えめにしているところにこだわりを感じる。構成音は低音ノイズ+純音+ギタージャカジャカか...?演出はシンプルで、本人の後ろからライトが後光のように照らされる程度。観客も皆棒立ちで前を見上げて動かず、さながら教祖と信者のよう。と、そんなことを考えていたら後半に容赦ない音域のノイズが無慈悲に突き刺さる。耳の安全なんて無かった。周りのライトもバチバチ光り出すし教祖を直視すらできなかった。2年ぶり3回目、最近は目覚ましアラームに聴いている程度でしたが存分に楽しみました。終演後に興奮しすぎて爆笑している外人が良かった

30分程の交換時間の後、後半戦突入。てか休憩しても耳鳴りが治らないしハイカットフィルターが付いたみたいになっている。以前WWWでTim Heckerの前に観たときも思ったけどこの人オープニングアクトとか先攻に向いてないのでは? そして池田亮司が白Tシャツ、ニット帽、サングラス姿で現れる。メルツバウと対比になっていていいですね。機材も対照的で、台上にあるのはmacbook(林檎は帯で隠されている)といくつかのでかいミキサーか。小さなドットから始まるオープニング映像が相変わらずクール。セットリストはほぼsupercodexか?前行ったライブ*1と映像も音楽も同じような感じ。ところでWWW X、音響の素晴らしさは言うまでもないがプロジェクタの発色が本当にすごい。白黒がちゃんとした色でくっきり映っている。ついでに池田亮司の白Tシャツにも投影されていてカッコいい感じになっていた。ノイズの音色もメルツバウと違いある程度整って設計されているような印象を受ける。そのせいか揺らすパワーが強く、床が、服が、骨が、内臓が振動させられる。これは人生で一回は体験するべき。特に声帯が振動しているような感触が本当に面白くて、この状態だと多分声とか出ないんだろう。前のダメージもあり、途中2回ぐらい気を失って倒れそうになったけれど、後半になって加速した攻撃性に当てられ無理やり起こされる。マゾい。音と映像が同期しているのは、録画ではなくソフトウェアとして実装されているのか。最後に数秒間、バーコードが白黒ではなく白と原色になるカラフルなシーンがあり驚いた。次回作のイメージを示唆しているのかもしれない。

退場後、機材がすぐに移動されてアンコールもなしに終わるのかと思いきや、何とメルツバウのセットが隣に運ばれる。まさかの共演タイム。事前にセッション企画じゃないとか告知してあったので完全に不意打ち。ノイズといってもまったく違う音楽性の2人、並んでいるだけで異様である。白と黒、デジタルとアナログ、神と神、一体何が起こるのか。

...ガチンコ勝負だった。ドローン的なノイズとリズミカルな連打を分担するのかと思いきや、両者が時間空間を奪い合うかのような轟音を鳴らす。どの音をどちらが慣らしているのか判別がつかないが、それでも荒々しい音ときめ細かい音が鳴っているようで、より密度の濃い空間が展開されているような気がする。先程よりも元気にツマミを回す池田亮司が印象的。ユニット以外でセッションとか過去にほとんど無いんじゃないか。歴史的瞬間を観た気がする。短い時間だったけれど最高の時間だった。共演の直前の軽い打ち合わせ以外は一切喋らず、ひたすらノイズをかき鳴らす両者、どちらも本当に素晴らしかったです。

f:id:ajalab:20161030021431j:plain

そういえば物販で池田亮司の見たことないDVD?が売っていて、値段を見てスルーしてしまったのだけれどどうやら最近ほとんど流通していなかったものらしい。買わなかったのを後悔。

Ryoji Ikeda formula [DVD]

Ryoji Ikeda formula [DVD]

杉本博司 ロスト・ヒューマン

東京都写真美術館

先日リニューアルオープンした東京都写真美術館に行きました。初回です。

名前通り写真が中心かと思いきや、3Fはインスタレーションのような展示でした。すべての壁がトタンで覆われていて気合が入っていますが、行き過ぎて遊園地のアトラクションにいるような気になります。
人類の滅亡というテーマに沿って、その終焉に直面した人物の遺書と、関連するオブジェクトが各区画に配置されています。設定は区画ごとに独立しているようです。世紀末を扱ったフィクションは多々ありますが、今回の展示ではとくに目新しいものがなく、よくある設定を使いまわしたような印象を受けます。配置されたオブジェクトも俗であったり、散々扱われて既に垢にまみれているようなものが多く*1、どうすればいいのかわからない気持ちになります。SFやTVドラマでも感じるのですが、設定やステレオタイプありきに人物が描かれているものがどうも苦手です。

2Fの展示は一転して、巨大な写真を数枚展示した暗い空間でした。こちらのほうが好みです。展示室を斜めに横切ったような思い切った壁の配置が面白い。

時間の都合で報道写真展は見に行けませんでした。

HOWL Grand Opening Live Event

先週のはモタモタしていたら即完売してしまったのですが、追加公演が発表されて、こちらはすんなり取れました。

音響が最高。スピーカーかっこいい

f:id:ajalab:20160724001031j:image

Ametsub目当てで来たけどYosi Horikawaがとても良かったです。盛り上がった。